自分が痔だと自覚したのはいつ頃からか・・・。
排便中に固いウンコが出て肛門が少し切れるという経験はおそらく
誰でもあるのではないだろうか。
自分も、それくらいの事はたまにあったが、
それ自体は年に1回あるかどうかという感じだった。
違和感を感じたのは2年前あたりから。
「何かが有る」のは分かっていても、気にしていなかった日々
排便後も肛門に何か残っているような気がする。
そして、何かが飛び出ているような気がする。
残便感があるとスッキリとしたくなるのは仕方のない事で
おそらく痔核ホルダーの皆さんなら大体は経験のある
シャワートイレの水流をMAXにして肛門内にお湯を入れ
いわゆる温水浣腸を繰り返してスッキリしていた。
この様な事を行う都合上、トイレの時間は必然的に長くなるので
マンガやタブレットを持ち込む事も多く、
1回30分~1時間のトイレライフをなんだかんだで楽しんでいた。
今考えれば、これに加えて必要以上にいきんでいたかもしれない。
この様な生活を続けていたら、いつの頃からか
お尻をトイレットペーパーで拭く際に痔核を押さないと
戻らなくなっている事に気づいた。
ただこれも、毎回では無く勝手に戻っていく日もあるので
少しづつ指で押し込む回数が増えていっても
「まあ戻りにくい日もあるよね」と特に気にもしていなかった。
そして何より、気にしていなかった一番の要因はやはり痛みが無かったから。
よくテレビやネット上の記事等では痔に苦しんでいる人の状況や表現を見る事はあるが、
自分には全くそういったものが無く、出血については、
たまに飛び出た部分が便やトイレットペーパーで
擦れて出る事はあるが、それも毎回ではなく量もごく少量なので
ほとんど気にしていなかった。
もちろん、これがいけなかったと後で知ったのは言うまでもない。
痔核ができた原因は?
最初の痔核ができた原因は分からないが、思い当たる節は色々ある。
まず、元々デスクワークがメインな事に加えて
簡素なミーティングテーブルにパイプ椅子という
どう考えても身体に悪そうな労働環境で長年(6年以上)作業をしていたこともあり
ここら辺が血流を悪くしていた要因の一つだと思う。
加えて、一人暮らしで面倒くさいということもあり、
日々の入浴はシャワーで済ませる事がほとんどで、
お風呂に入るのは年に1~2回あるかどうかという生活だった。
真冬でもシャワーである。他人からは「よく寒くないね」と言われるが
こういう生活を10年近く過ごしていればもう慣れてるので
全く苦にはならなかった。
痔核を改善するのは何よりもお風呂に入って肛門の血流を良くするという
説明をも嫌というほど聞いたり見てきたが、
実際、病院にお世話になるまでは意識した事すら無かった。
お酒は飲み会や新・忘年会の付き合い上仕方の無い時だけで
年に5~6回飲むかどうかというくらい。
煙草も全く吸わないが、一人暮らしという事もあり、
食生活は油物の比率が多く、生野菜が嫌い(温野菜はOK)等、
割と偏食傾向かもしれない。
便秘には今までなった事は無いが、このような食生活なので
固いウンコよりも軟便や下痢の方が多いと思う。
日々、今後の自分を憂いたり、家族とのトラブル、
職場での問題も色々あったりしたので、ストレスもそれなりにはあったと思う。
実際、どれが一番の要因という事では無くて、「全てが原因」なんだと思う。
他の疾病もそうだと思うが、お酒で肝臓を傷める人は決して
お酒だけが原因では無くて、それに付随する食生活や日常的にお酒を
飲む、あるいは飲まなければいけない状況に問題があるんだろうし、
糖尿病(Ⅱ型)や肥満だって、生活習慣病って言うくらいだから、
食生活だけが問題でなはく日々の運動状況やライフスタイル全体に
見直すべき部分があるんだと思う。
痔も同じことが言える。
例え、痔が直立二足歩行による人類特有の疾患だとしても
必ず罹患するものでは無くて予防する方法があるのならば
それはリスクマネジメントが出来なかった自分のせい
という事を自覚しなければならない。
自分の肛門より大切な事って何?
振り返ってみれば、自分の生活はあまりにも
自分の肛門に対して思いやりが無かった。
考えてもみて欲しい、
自分の肛門よりも大切な事なんて、世の中にいったいいくつあるだろうか?
日頃、こんな事を誰かと語り合う事等無いだろうが
おそらく、ほとんどの人が2つ、あるいは1つくらいではないだろうか?
「自分の命」or「自分の肛門」?
これは当然命の方が大事だろう。
実際、大腸ガンやその他の大腸の疾病で死ぬか人工肛門になるかの
選択を迫られた場合は、命を選ばなければならない。
「家族や恋人」or「自分の肛門」?
大切な恋人や家族がいたとして、その恋人や家族を取るか
自分の肛門を取るかの選択を迫られる場面というのは起こり得るだろうか?
現実的には可能性は極めて低いと思う。
家族や恋人を養う為にガン等の深刻な肛門の疾患を自覚しつつも
仕事を優先しなければならない等の状況が起こり得たとしても
そこで仕事を優先した時点で将来的には疾患が悪化して
恋人や家族に迷惑を掛けるのだから、やはり肛門を優先する事が、
結果的には家族や恋人を大事にする事に繋がるのは間違いない。
つまり、自分の肛門は命の次に大事だと言える。
自分の肛門を大事にする事が、自身の健康はもちろんの事、
周りの人にとっても良い結果を生むという事を理解しなければいけなかった。
痛みが無いのを良い事に、そんな当たり前の事に気づけなかった自分への
戒めの意味も込めて、今回は痔核の治療を行う事にした。
コメント